退職金の確定申告は「原則不要」とよく言われますが、私がこれまで相談を受けてきた500人超のケースでは、申告することで税金が還付されるパターンが想像以上に多くありました。AFP・宅地建物取引士として、退職所得控除の計算から住民税の翌年負担まで、2026年時点で押さえるべき5つの判断軸を実例とともに解説します。
退職金課税の基本構造を正確に理解する
退職所得は「分離課税」という別ルートで課税される
給与所得や事業所得は総合課税として他の所得と合算して税率が決まりますが、退職所得はそのルートを通りません。退職所得は「分離課税」として独立して計算されるため、他の所得がどれだけ多くても退職金の税額に直接影響しない構造になっています。
計算式は「(退職金収入-退職所得控除額)×1/2=退職所得」です。この「×1/2」が退職所得の大きな優遇ポイントで、給与所得に比べて課税対象額が大幅に圧縮されます。勤続年数が長いほど退職所得控除額も大きくなるため、長期雇用を前提とした制度設計です。
なお、2013年の税制改正で「役員等の短期退職所得」については1/2の優遇が制限されています。勤続年数5年以下の役員等の退職金は注意が必要です。
源泉徴収票と申告書の役割を混同しない
退職金を受け取った際、会社から発行されるのが「退職所得の源泉徴収票」です。この書類には支払金額・源泉徴収税額・勤続年数などが記載されており、確定申告を行う際の根拠資料になります。
一方、「退職所得の受給に関する申告書」は退職前に会社へ提出する書類です。この申告書を提出することで、会社が退職所得控除を適用したうえで源泉徴収を行ってくれます。提出していれば退職金への課税は原則として完結し、確定申告は不要になります。逆に提出していない場合は一律20.42%の源泉徴収が行われるため、多くのケースで納めすぎが生じます。
保険代理店勤務時代に経営者の方から相談を受けた際も、「申告書を出し忘れていて多く引かれていた」というケースが複数ありました。提出し忘れたとしても5年以内なら還付申告で取り戻せます。
退職所得控除の計算軸——勤続年数が鍵を握る
勤続年数20年を境に控除額の増え方が変わる
退職所得控除額は勤続年数によって以下の計算式で決まります。
- 勤続年数20年以下:40万円×勤続年数(最低80万円)
- 勤続年数20年超:800万円+70万円×(勤続年数-20年)
たとえば勤続30年なら800万円+70万円×10年=1,500万円の控除が受けられます。退職金が1,500万円以下であれば課税所得はゼロになり、所得税も住民税もかかりません。勤続年数をカウントする際、1年未満の端数は切り上げる点も覚えておいてください。
複数回退職した場合・転職後の注意点
同じ年に複数の退職金を受け取った場合や、前職の退職から5年以内に再退職した場合は、控除額の通算ルールが適用されます。具体的には「前の退職所得控除額の一部が今回の計算から差し引かれる」仕組みで、単純に二回分の控除がそのまま使えるわけではありません。
私自身も2026年に個人事業から法人化した際、過去の退職金関連の制度設計を再確認しました。法人化後に役員退職金を設定するケースでは、この通算ルールが税負担に直結するため、早い段階で試算しておくことを強くお勧めします。個別の計算は事情によって大きく異なるため、税理士やFPへの相談を前提としてください。
申告不要と申告必要の境界——5つの判断軸
「退職所得の受給に関する申告書」の提出有無が第一軸
判断の出発点はこの一点です。申告書を会社に提出済みであれば、退職金に係る所得税・復興特別所得税は源泉徴収で完結しており、原則として確定申告は不要です。ただし「不要」は「しなくていい」という意味であって、「してはいけない」ではありません。申告することで還付が受けられるケースもあります。
申告書を提出していない場合は、一律20.42%の源泉徴収が行われています。退職所得控除後の実際の税率がこれより低い場合は、確定申告をすることで差額が還付されます。過去5年分まで遡れる還付申告の仕組みを使えば、申告書の提出忘れを後から取り戻すことが可能です。
他の所得・医療費控除・住宅ローン控除が絡む場合の第二〜五軸
退職金以外に判断が必要になる軸は次の4つです。
- 第二軸:退職年に給与・事業所得がある……退職金は分離課税なので合算不要ですが、退職後に収入が激減すれば年末調整がない分、医療費控除や生命保険料控除を確定申告で取りに行く必要があります。
- 第三軸:医療費控除・セルフメディケーション税制を適用したい……退職年に多額の医療費を支払った場合、退職金とは別に給与所得等から控除できます。確定申告が必要です。
- 第四軸:住宅ローン控除の初年度……住宅ローン控除は初年度は確定申告が必須です。退職年と重なるケースでは必ず申告してください。
- 第五軸:ふるさと納税のワンストップ特例が無効になる場合……確定申告をすると自動的にワンストップ特例の効果がリセットされます。ふるさと納税分は申告書上で寄付金控除として計上し直す必要があります。
これら5軸は相互に影響するため、複数が重なる場合は個別の事情に合わせた整理が欠かせません。中退共のメリットデメリット2026|AFP宅建士が解く6つの判断軸
還付が出る5つのケース——実例で確認する
申告書提出忘れ・複数職場・年の途中退職で還付が生まれやすい
総合保険代理店で富裕層・経営者の相談を担当していた頃、退職金絡みの税務相談で還付が生じたケースを多数見てきました。特に多かったパターンを整理します。
- ケース①:申告書提出忘れ……退職所得の受給に関する申告書を出し忘れ、20.42%で源泉徴収されていた。実際の税率が数%台だったため、差額が還付された。
- ケース②:年の途中退職+無職期間……退職後に収入がなく、年間の給与が少なかったため、退職前に源泉徴収された給与所得税が過剰だった。年末調整がないため確定申告で精算。
- ケース③:医療費が年間10万円超……退職年に入院・手術があり医療費控除を適用。退職金の課税には影響しないが、給与所得分から還付が発生。
iDeCo・企業年金との重複受取には別途注意が必要
退職金と同じ年にiDeCoの一時金を受け取る場合、両方とも「退職所得控除」の対象になりますが、控除額の計算に「重複期間の調整ルール」が適用されます。2022年度の税制改正でこのルールが見直されており、2026年時点では「退職金受取の翌年以降、一定期間をおいてからiDeCoを受け取る」ことで控除を最大化できる設計になっています。
私自身、iDeCoを運用しており、将来の受取タイミングについて都内のFP事務所で試算を依頼した経験があります。受取順序や間隔次第で数十万円単位の差が出ることもあるため、退職前の早い段階でシミュレーションしておくことを強くお勧めします。最終的な判断はご自身の状況を踏まえたうえで、税理士やFPにご確認ください。中小企業退職金共済メリット2026|AFP宅建士が解く6つの活用軸
住民税と翌年負担の注意点——退職翌年に備える
住民税は退職翌年に「まとめて請求」が来る
退職金に係る住民税は、所得税とは異なるタイミングで徴収されます。退職金の住民税は退職した年の翌年1月1日時点の住所地の市区町村から、翌年度に課税・徴収されます。在職中は毎月の給与から特別徴収(天引き)されていた住民税が、退職後は「普通徴収」に切り替わり、まとめて納付書が届く形になります。
退職後に収入が途絶えるケースでは、この翌年の住民税負担が家計を直撃します。退職金からあらかじめ住民税相当分を確保しておく意識が重要です。目安として、退職金の課税退職所得に対しておおむね10%(市区町村民税6%+道府県民税4%)が課税されます。
国民健康保険料・国民年金との連動も見落とさない
退職後に会社の健康保険から抜けて国民健康保険に加入する場合、前年の所得をもとに保険料が計算されます。退職金が「退職所得」として分離課税されるため、国民健康保険料の算定基礎には原則として算入されません。ただし自治体によって取り扱いが異なるケースがあるため、加入先の市区町村窓口で確認することをお勧めします。
国民年金については退職後に第2号被保険者から第1号被保険者へ切り替わり、月額保険料(2024年度で月1万6,980円、毎年度改定)が発生します。退職年から翌年にかけての社会保険料負担は予想外に重くなることが多く、資金計画の中に織り込んでおくことが賢明です。個別の事情によって負担額は大きく異なりますので、正確な試算は専門家にご相談ください。
まとめ——退職金確定申告の判断フローと次のアクション
5つの判断軸を整理する
- 退職所得の受給に関する申告書を会社に提出したか確認する(未提出なら還付申告の対象になる可能性が高い)
- 退職年に他の控除(医療費・住宅ローン・ふるさと納税等)が適用できないか確認する
- 複数回退職・転職・iDeCo受取が重なる場合は退職所得控除の通算ルールを確認する
- 退職翌年の住民税・国民健康保険・国民年金の負担を資金計画に含めておく
- 退職所得の源泉徴収票を必ず保管し、確定申告の際の根拠資料として活用する
迷ったらFP相談を活用する
退職金の税務は、勤続年数・退職時期・他の所得・社会保険の状況が複雑に絡み合います。私がAFPとして相談を受けてきた経験から言うと、「自分は申告不要だろう」と思い込んで5年以上放置してしまうケースが後を絶ちません。還付申告の時効は5年ですが、5年を超えると取り戻せなくなります。
「自分のケースはどうなのか」を一度FPや税理士に確認するだけで、数万円〜数十万円規模の還付につながることがあります。退職というライフイベントは、保険見直し・資産形成の見直しとも重なるタイミングです。私自身も2026年の法人化に際してFP相談を複数回利用し、保険・iDeCo・NISAの整理を同時に行いました。一人で抱え込まず、専門家のサポートを上手に活用することを強くお勧めします。最終的な判断はご自身の状況に合わせて、専門家へご確認ください。
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の投資・税務・法務行為を推奨するものではありません。記載内容は執筆時点の情報に基づきますが、最新情報や個別具体的な判断については、各分野の専門家(税理士・弁護士・宅建士・FP等)または公的機関にご相談ください。
【執筆・監修】
Christopher(AFP / 宅建士 / TLC)- 金融・不動産・法人実務の実体験ベースで執筆
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