退職金の確定申告の選び方で迷っている方は、思いのほか多いです。「申告不要なのに申告してしまって余計な税負担が発生した」という相談を、私はFP業務の中で何度も受けてきました。退職所得控除・申告不要制度・還付申告・分離課税といった制度は、組み合わせを間違えると損にも得にもなります。本記事では7つの判断軸を使って、あなたに合った退職金確定申告の選び方を整理します。
退職金課税の基本構造と退職所得控除の仕組みを理解する
退職所得は「2分の1課税」が適用される特別な所得区分
退職金は給与所得や事業所得とは異なり、退職所得として分離課税の対象になります。計算式は「(退職金額 − 退職所得控除額)× 1/2 = 退職所得」です。この「2分の1課税」があるため、同じ金額でも給与として受け取るより税負担が大幅に低くなる構造になっています。
ただし、2013年以降の税制改正で、勤続年数5年以下の役員等については2分の1課税が廃止されています。また2022年改正では、勤続年数5年以下の一般社員についても、退職所得控除後の金額が300万円を超える部分について2分の1課税が適用されなくなりました。勤続年数と雇用形態によって計算が変わる点は見落としやすいので注意が必要です。
退職所得控除の計算方法と勤続年数別の金額
退職所得控除額は、勤続年数によって以下のように計算されます。勤続年数20年以下の場合は「40万円 × 勤続年数(最低80万円)」、20年超の場合は「800万円 + 70万円 × (勤続年数 − 20年)」です。
たとえば勤続30年であれば、800万円 + 70万円 × 10年 = 1,500万円の退職所得控除が受けられます。退職金が1,500万円以下であれば課税退職所得はゼロになり、所得税・住民税ともに発生しません。退職所得控除は長年の勤務に対する税制上の優遇措置であり、この控除額を正確に把握することが、確定申告の要否を判断するうえでの出発点になります。
私が保険代理店勤務時代に見た退職金申告の失敗事例
「申告しなければよかった」と後悔した経営者の実例
私は総合保険代理店に3年、大手生命保険会社に2年在籍していた経験から、個人事業主・富裕層・経営者の資産形成相談を多数担当してきました。その中でも特に記憶に残るのが、60代の自営業者の方からいただいた相談です。
その方は役員報酬を長年受け取っていた小規模法人の代表で、法人からの退職金を受け取る際に「念のため確定申告をした方が安全だろう」と自己判断で申告を行いました。ところが、退職金以外に不動産所得が年間800万円ほどあったため、分離課税の退職所得と合算されることはないものの、確定申告の際に住民税の申告書を通じて退職所得額が健康保険の算定基礎に組み込まれ、国民健康保険料が翌年に大幅に上昇してしまいました。
退職金に対する所得税は源泉徴収で完結するケースが多く、確定申告をすることで逆に不利になる場面があります。「申告不要制度」の活用を検討しなかったことが痛手になった事例です。
AFP取得後に自分自身の退職金プランを見直した経験
私自身も、2026年に自身の法人を設立した際に退職金の設計を改めて見直しました。法人化前後では、役員退職金の損金算入ルールや、退職所得の受給に関する申告書の提出有無によって税負担が大きく変わります。AFP(日本FP協会認定)の資格を持つ立場から自分のケースを試算した結果、退職所得の受給に関する申告書を会社に提出することで源泉徴収の計算が適正化され、不要な還付手続きを省けることを改めて確認しました。
この申告書を「どうせ関係ないだろう」と未提出にすると、一律20.42%の所得税率で源泉徴収されます。本来の税率より高く引かれる可能性があるため、後で還付申告を行う手間が生じます。書類一枚で変わる話なので、退職金を受け取る前に必ず確認してください。
申告不要制度と還付申告、どちらを選ぶべきか
申告不要制度が有利になる3つの条件
退職所得に対する所得税は、原則として源泉徴収で課税が完結します。退職所得の受給に関する申告書を勤務先に提出していれば、適正な税額が徴収されるため、確定申告をしなくてよいケースがほとんどです。これが申告不要制度の実態です。
申告不要を選ぶと有利になりやすい条件は次の3点です。第一に、退職金以外の所得(給与・事業・不動産等)が高水準で、合算することで税率が上がる可能性がある場合。第二に、国民健康保険料や介護保険料の算定に退職所得が影響しうる自営業・フリーランスの方。第三に、住民税の算定基礎に退職所得が組み込まれることで翌年の保険料負担が増えるリスクがある場合です。これらの条件に当てはまる場合は、安易に確定申告をしない方が賢明なケースがあります。中退共のメリットデメリット2026|AFP宅建士が解く6つの判断軸
還付申告が有利になる5つのケース
一方で、確定申告(還付申告)を行うことで税負担が下がる場面もあります。代表的なのは以下の5ケースです。
- 退職所得の受給に関する申告書を提出しなかったため、一律20.42%で源泉徴収されており、本来の税率が低い場合
- 年途中で退職し、同年の給与所得が少なく年末調整が行われていない場合
- 医療費控除・寄附金控除(ふるさと納税)・雑損控除などの適用を受けたい場合
- 住宅ローン控除の初年度申告と退職年が重なる場合
- 退職後に再就職せず、その年の合計所得が基礎控除・配偶者控除などで相殺できる水準に収まる場合
ただし、還付申告をすることで住民税の申告義務も発生する場合があります。所得税の還付だけを見て判断せず、住民税・社会保険料への波及効果まで含めて試算することが重要です。
住民税と社会保険への影響を見落とさない
退職所得の住民税は「申告不要制度」の対象範囲が異なる
所得税では申告不要でも、住民税では申告が必要になるケースがあります。退職所得に対する住民税は、原則として特別徴収(勤務先が退職時に一括徴収)で完結しますが、勤務先が特別徴収を行わなかった場合には、自分で住民税の申告書を市区町村に提出しなければなりません。
また、確定申告書を税務署に提出すると、その情報が市区町村に送付され、住民税の計算に利用されます。退職所得は分離課税のため、他の所得と合算されて税率が上がることはありませんが、退職所得が「合計所得金額」に算入されることで、配偶者控除・扶養控除・住民税非課税の判定に影響が出ることがあります。この点は多くの方が見落としやすい盲点です。中小企業退職金共済メリット2026|AFP宅建士が解く6つの活用軸
国民健康保険料への影響は在職・退職のタイミングで異なる
会社員として退職する場合、退職後に国民健康保険に加入するケースが一般的です。国民健康保険料の算定は「前年の所得」をもとに行われますが、退職所得がその「所得」として組み込まれるかどうかは、自治体の計算方式と申告の有無によって変わります。
特に自営業者や個人事業主として退職後も収入を得る予定の方は、退職金の申告タイミングと国保算定の関係を事前に確認することをおすすめします。個別の事情により影響額は大きく異なるため、最終的な判断はFP・税理士などの専門家に相談されることを推奨します。
7つの判断軸で選ぶ退職金確定申告の手順まとめ
判断軸チェックリスト:申告不要か還付申告かを決める7ステップ
- 【判断軸①】退職所得の受給に関する申告書を勤務先に提出したか(未提出→還付申告を検討)
- 【判断軸②】退職所得控除を適用後の課税退職所得がゼロになるか(ゼロ→申告不要で問題なし)
- 【判断軸③】同年に給与・事業・不動産所得など他の所得があるか(高水準→申告による影響を試算)
- 【判断軸④】医療費控除・ふるさと納税・住宅ローン控除など、他の控除を適用したいか(ある→還付申告を検討)
- 【判断軸⑤】退職後に国民健康保険に加入するか(加入→退職所得の算定への組み込みを確認)
- 【判断軸⑥】住民税の特別徴収が退職時に完結しているか(未完結→住民税申告の要否を確認)
- 【判断軸⑦】配偶者控除・扶養控除・住民税非課税ラインに影響が出るか(影響あり→専門家と要確認)
退職金の準備と申告判断は早めにFPへ相談を
退職金確定申告の選び方は、「申告不要か還付申告か」という二択ではなく、住民税・社会保険・各種控除との組み合わせで答えが変わる複合的な問題です。私がAFPとして相談を受ける中で感じるのは、「知っていれば防げた損」が実に多いということです。
退職金の受け取り方・申告の要否・節税スキームの活用は、個別の事情により結論が異なります。制度の概要を理解したうえで、ご自身のケースに当てはめる際は、FPや税理士への相談を積極的に活用してください。相談によって最適化が期待でき、思わぬ還付や保険料負担の軽減につながるケースもあります。
退職金の受け取りを控えている方、これから老後の資産形成を本格化させたい方には、FP相談のプラットフォームを利用するのも選択肢の一つです。オンラインで相談予約ができるため、忙しい方でも活用しやすい環境が整っています。最終的な申告判断は必ずご自身と専門家でご確認ください。
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の投資・税務・法務行為を推奨するものではありません。記載内容は執筆時点の情報に基づきますが、最新情報や個別具体的な判断については、各分野の専門家(税理士・弁護士・宅建士・FP等)または公的機関にご相談ください。
【執筆・監修】
Christopher(AFP / 宅建士 / TLC)- 金融・不動産・法人実務の実体験ベースで執筆
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