退職金の確定申告デメリットを、正確に把握している人は少数派です。AFP・宅地建物取引士として保険代理店勤務を経て個人事業主になった私は、毎年確定申告を自分で行い、退職所得申告が他の所得とどう絡み合うかを身をもって経験してきました。この記事では、住民税・国保料・配偶者控除など6つの落とし穴軸を、制度の仕組みと実体験の両面から整理します。最終的な判断はご自身または専門家にご確認ください。
退職金申告の基本構造:なぜ「申告しないほうが得」なケースがあるのか
退職所得控除と「2分の1課税」の仕組み
退職金は給与所得や事業所得とは別枠で扱われる「退職所得」です。計算式は、まず退職所得控除額を退職金から引き、残額を2分の1にした金額が課税対象になります。勤続20年以下なら1年あたり40万円、20年超なら1年あたり70万円の控除枠があるため、長期勤続者ほど税負担が軽くなる設計です。
例えば勤続30年で退職金2,000万円の場合、退職所得控除額は800万円(20年×40万円)+700万円(10年×70万円)=1,500万円。課税対象は(2,000万円-1,500万円)×1/2=250万円にとどまります。この「2分の1ルール」は退職金の大きな税優遇です。
「退職所得の受給に関する申告書」を出すかどうかが分岐点
会社に「退職所得の受給に関する申告書」を提出すると、会社側が退職所得控除を計算して源泉徴収を行い、それで課税関係が完結します。これが申告不要制度の実態です。申告書を提出しなかった場合、一律20.42%(所得税20%+復興特別所得税0.42%)の源泉徴収がかかり、あとから確定申告で精算することになります。
問題は、確定申告を行うと退職所得が「他の所得と合算される場面」が生じうる点です。所得税の計算自体は退職所得が分離課税なので影響が限定的ですが、住民税や社会保険料の算定では話が変わってきます。ここからが本記事の核心です。
私が保険代理店時代に目撃した「住民税が跳ね上がる罠」
退職翌年に住民税の通知書が届いて驚いた経営者のケース
総合保険代理店に勤務していた頃、60代前半の経営者の方から「退職した翌年に住民税の通知が届いて驚いた」という相談を受けたことがあります。その方は会社を後継者に譲り、役員退職金を受け取った年に確定申告を行っていました。退職所得は分離課税なので所得税への影響は小さかったのですが、住民税の算定に退職所得が含まれたことで、翌年の住民税が想定より大幅に増えていたのです。
住民税は前年の所得に基づいて計算されます。退職所得を確定申告に含めると、市区町村が把握する「前年所得」の総額が増え、住民税の所得割が上昇するケースがあります。退職所得は原則として分離課税ですが、住民税の算定上、合計所得金額に含まれる点が落とし穴です。申告書を提出して会社側で完結させれば、この問題は回避しやすくなります。
AFP・宅建士として自分の申告で学んだ「合計所得金額」の怖さ
私はAFP(日本FP協会認定)・宅地建物取引士として個人事業主になってから、毎年自分で確定申告を行ってきました。事業所得に加えて不動産収入も絡む年は、「合計所得金額」がどこで使われるかを強く意識します。住民税の税率は所得割で一律10%ですが、各種控除額の計算に「合計所得金額」が使われるため、退職所得が加わることで控除の適用可否が変わることがあります。
特に配偶者控除・配偶者特別控除の判定に使われる「合計所得金額」は1,000万円以下が条件です。退職金を受け取った年に他の所得が一定額あると、この合計が1,000万円を超えて配偶者控除が消える可能性があります。これは退職所得申告を行う際に見落とされがちな論点です。
退職金と国保料への波及効果:見落としやすい3つのポイント
国民健康保険料の算定基礎に退職所得が含まれる問題
会社を退職して国民健康保険(国保)に加入する場合、国保料は前年の所得をもとに計算されます。退職金を受け取った年に確定申告を行うと、退職所得が国保料の算定基礎となる所得に含まれ、翌年の国保料が大幅に増えるケースがあります。
国保料は自治体によって算定方式が異なりますが、所得割・均等割・平等割の組み合わせが一般的です。所得割の計算に「前年の総所得金額等」が使われる自治体では、退職所得が加算されると国保料が上限(賦課限度額)に達することもあります。2026年度の賦課限度額は医療分・後期高齢者支援金分・介護分の合計で上限が設定されており、この水準に達すると以降は増えませんが、そこに至るまでの上昇幅は相当なものです。中退共のメリットデメリット2026|AFP宅建士が解く6つの判断軸
退職後に国保へ切り替えるタイミングと申告の関係
退職後に任意継続被保険者制度を使うか国保に加入するかは、保険料の比較が必要です。任意継続の保険料は在職中の標準報酬月額をもとに計算され、最大2年間継続できます。国保料は前年所得で決まるため、退職金が多い年の翌年は国保料が高くなりやすく、任意継続のほうが有利になるケースもあります。
私が保険代理店勤務時代に担当した個人事業主の方々の中にも、退職後の国保料の高さに驚いて相談に来た方が複数いました。退職所得申告の結果が国保料に直結することを事前に把握しておくと、退職のタイミングや申告方法の選択肢を整理しやすくなります。個別の事情により異なりますので、加入予定の自治体窓口または専門家への確認を推奨します。
申告不要制度との比較:確定申告すると「損」になるケース
申告不要制度を使うべき典型的なシナリオ
冒頭で触れたとおり、退職所得の受給に関する申告書を提出して会社側で源泉徴収を完結させれば、原則として確定申告は不要です。この申告不要制度を活用したほうが有利になる典型的なシナリオは、以下のようなケースです。
- 退職後に国保に加入予定で、翌年の国保料を抑えたい場合
- 配偶者控除の適用を維持したい場合(合計所得金額1,000万円を超えないよう調整したい場合)
- 退職金の源泉徴収税額が適切に計算されており、還付が見込めない場合
- 住民税の翌年負担を増やしたくない場合
一方、確定申告が有利になるのは、申告書を提出しなかったために一律20.42%で源泉徴収されており、退職所得控除を適用すれば実際の税負担がそれより低くなると判明した場合です。還付額が大きいなら申告する実益があります。ただし、住民税・国保料への影響も含めたトータル計算が必要です。中小企業退職金共済メリット2026|AFP宅建士が解く6つの活用軸
「還付のために申告したら国保料が跳ね上がった」という落とし穴
所得税の還付を受けるために確定申告したところ、翌年の国保料が大幅に増えてトータルで損をした、というのは実際に起こりうるケースです。所得税の還付額が数万円でも、国保料の増加分がそれを上回るケースがあります。
例えば退職金3,000万円で源泉徴収された所得税の還付が20万円でも、翌年の国保料が30万円以上増えるなら、手取りベースでは申告しないほうが有利になる計算です。この試算は自治体の算定方式・世帯構成・他の所得額によって異なるため、一概には言えません。税理士やFPへの相談を通じて個別の試算を行うことが、判断の精度を高める有力な手段です。
退職金確定申告デメリットまとめと、私が選んだ判断軸
6つの落とし穴を整理する
- 落とし穴①:住民税の翌年増加 退職所得が合計所得に含まれ、住民税の所得割が上昇する可能性がある
- 落とし穴②:国保料の算定基礎への影響 前年退職所得が国保料を押し上げ、翌年の保険料負担が大幅に増えるケースがある
- 落とし穴③:配偶者控除の消失 合計所得金額が1,000万円を超えると配偶者控除が適用外となる
- 落とし穴④:還付とコストのミスマッチ 所得税の還付額より国保料・住民税の増加分が大きくなるケースがある
- 落とし穴⑤:申告不要制度の存在を知らない 退職所得の受給に関する申告書を提出していれば申告不要になることを知らず、不要な申告を行うリスクがある
- 落とし穴⑥:退職所得控除の計算ミス 勤続年数の端数処理(1年未満切り上げ)を間違えると控除額が変わる。複数回退職がある場合の前回退職との間隔にも注意が必要
AFP・宅建士として私が実践している判断軸とFP相談の活用
2026年に自身の法人を設立した際、私は保険の見直しとあわせて資産形成全体を再整理しました。iDeCo・NISAの活用状況、法人化後の役員報酬設計、そして将来的な退職金スキームについてもFPに相談し、シミュレーションを行いました。退職所得申告の判断はその中でも特に影響範囲が広く、所得税だけでなく住民税・国保料・各種控除への波及を一括して試算する必要性を実感しました。
私が使っている判断軸はシンプルです。「所得税の還付額」と「住民税・国保料の増加見込み額」を比較し、トータルで手取りが増えるかどうかを試算する。そのうえで、翌年の生活費・保険料負担に無理がないかを確認する。この2ステップを踏まずに申告・不申告を選ぶのは、情報不足の状態で意思決定することになります。
退職金の受け取り方や申告の選択は、個別の事情により結論が大きく変わります。特に退職後すぐに国保へ切り替える方、配偶者がいる方、他に事業所得や不動産所得がある方は、専門家への相談を通じてご自身の状況に合った判断を行ってください。
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の投資・税務・法務行為を推奨するものではありません。記載内容は執筆時点の情報に基づきますが、最新情報や個別具体的な判断については、各分野の専門家(税理士・弁護士・宅建士・FP等)または公的機関にご相談ください。
【執筆・監修】
Christopher(AFP / 宅建士 / TLC)- 金融・不動産・法人実務の実体験ベースで執筆
本記事のリンクはアフィリエイトリンクを含みます。
